配偶者や子どもがいない場合でも、相続人がいないとは限りません。両親がすでに他界していれば、兄弟姉妹や甥・姪といった、普段ほとんど交流のない相手が相続人になることもあります。財産の行き先を自分で決めておかなければ、疎遠な親族に手続きを背負わせてしまったり、最終的に財産が国のものになってしまったりすることもあるのです。
さらに、おひとりさまが直面しやすいのは相続だけではありません。認知症になったときに財産管理を頼める人がいない、亡くなった後の葬儀や各種手続きを担ってくれる人がいない――こうした問題も、多くのおひとりさまにとって切実です。この記事では、相続の基礎知識とあわせて、今からできる具体的な備えを解説します。
おひとりさまの相続はどうなるのか
配偶者や子どもがいない場合、法律上の相続人(法定相続人)は誰になるのでしょうか。民法では、相続人になれる順位が決まっています。
配偶者は常に相続人になりますが、それ以外の親族には次のような順位が定められています。
- 第一順位:子(すでに亡くなっている場合は孫などの直系卑属)
- 第二順位:父母(すでに亡くなっている場合は祖父母などの直系尊属)
- 第三順位:兄弟姉妹(すでに亡くなっている場合は甥や姪)
おひとりさまの場合、そもそも配偶者や子どもがいないケースが多く、両親もすでに他界していることが少なくありません。そのため、実際には第三順位である兄弟姉妹が相続人になるケースが多く見られます。さらに、その兄弟姉妹もすでに亡くなっていれば、その子ども、つまり甥や姪が相続人になります。
問題は、こうした相続人が見つかった場合でも、普段ほとんど交流がないケースが多いという点です。疎遠だった甥や姪が、ある日突然「相続人になりました」という通知を受け取り、遺産分割や相続手続きに巻き込まれるという事態が起こり得ます。関係が薄いだけに、手続きが滞ったり、感情的なトラブルに発展したりすることも少なくありません。
相続人が誰もいない場合はどうなるのか
さらに深刻なのは、法定相続人が誰もいない、あるいは全員が相続放棄をしたケースです。この場合、財産は最終的にどうなるのでしょうか。
まず、家庭裁判所によって「相続財産清算人」が選任されます。この清算人が、亡くなった方の債権者や特別縁故者(生前に特別な関係があった人)に対して財産を清算する手続きを行います。特別縁故者からの申立てがあれば、家庭裁判所の判断により財産の一部または全部が分与されることもあります。
それでも財産が残った場合、最終的には国庫に帰属します。つまり、国のものになるのです。近年、相続人不存在によって国庫に入る財産の総額は年々増加しており、2024年度には約1,292億円にのぼり、初めて1,000億円を超えました。「自分が一生かけて築いた財産が、国のものになってしまう」というのは、多くの方にとって望ましい結末ではないのでしょうか。
遺言書を書いておくことの重要性
こうした事態を避けるために、まず検討すべきなのが「遺言書」の作成です。遺言書があれば、法定相続人以外の人や団体に財産を渡すことができます。
たとえば、以下のような選択肢が考えられます。
- お世話になった友人や親族に財産を残す
- 応援したい慈善団体やNPO法人に寄付する
- お世話になった介護施設や病院に遺贈する
- 母校や地域の福祉団体に財産を役立ててもらう
遺言書には主に「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類があります。自筆証書遺言は手軽に作成できる一方、形式不備で無効になったり、発見されなかったりするリスクがあります。近年は法務局による自筆証書遺言の保管制度も整備されましたが、内容の有効性や確実な執行という点では、公証役場で作成する公正証書遺言の方が安心感は高いといえるでしょう。
また、遺言の内容を確実に実行してもらうためには、「遺言執行者」を指定しておくことも大切です。信頼できる友人や専門家(弁護士、司法書士など)を執行者に指定しておけば、遺言の内容がスムーズに実現されやすくなります。
判断能力の低下に備える:任意後見制度
遺言書は「財産を誰に渡すか」を決めるものですが、それだけではカバーできない問題もあります。その一つが、認知症などによって判断能力が低下したときの備えです。おひとりさまの場合、財産管理や契約行為を代わりに行ってくれる家族がいないため、判断能力が衰えると生活そのものが立ち行かなくなる恐れがあります。
この対策として活用されるのが「任意後見制度」です。判断能力が十分なうちに、将来支援してほしい人(任意後見人)を自分で選び、契約しておく制度です。実際に判断能力が低下した際には、家庭裁判所が任意後見監督人を選任し、契約に基づいた財産管理や医療・介護に関する契約の代行などがスタートします。
死後の手続きに備える:死後事務委任契約
もう一つ、おひとりさまが備えておきたいのが、亡くなった後の手続きです。次のような「死後の事務」は、法律上、相続とは別に誰かが担う必要があります。
- 葬儀や納骨の手配
- 病院や施設への支払い
- 各種契約の解約(携帯電話、公共料金、サブスクリプションなど)
- 住居の片付けや退去手続き
- ペットの引き取り先の手配
こうした手続きを、生前に信頼できる相手へ任せておく契約が「死後事務委任契約」です。おひとりさまの場合、これらを行ってくれる家族がいないため、事前に第三者(友人、専門家、NPO法人など)と契約を結んでおくことで、死後の混乱を防ぐことができます。
3つの制度は組み合わせて使うこともできる
ここまで紹介した「遺言書」「任意後見制度」「死後事務委任契約」は、それぞれ役割が異なります。遺言書は財産の分配を、任意後見制度は判断能力低下後の生活を、死後事務委任契約は死後の諸手続きをカバーします。どれか一つを選ぶというものではなく、必要に応じて組み合わせて利用することが可能です。
たとえば任意後見契約は本人の死亡と同時に終了するため、死後事務委任契約とあわせて契約しておけば、判断能力低下から死後まで途切れなく支援を受けられる体制を作れます。実際、同じ弁護士や司法書士などの専門家に、遺言書の作成から任意後見契約、死後事務委任契約までをまとめて依頼するケースも珍しくありません。まずは自分にとってどの備えが必要かを整理し、専門家に相談しながら組み合わせを検討するとよいでしょう。
家族信託について
なお、財産管理の方法として「家族信託」が紹介されることもありますが、おひとりさまにとっては注意が必要です。家族信託(民事信託)は非営利の仕組みであるため、弁護士や司法書士といった専門家が報酬を得て受託者になることはできません。そのため、財産管理を託す相手は、信頼できる親族や友人・知人といった個人に限られます。身寄りのないおひとりさまの場合、そもそも受託者を引き受けてくれる相手が見つからないことも多く、無理に取り入れる必要はありません。頼める相手に心当たりがある場合に検討すれば十分です。
今からできる備えのステップ
おひとりさまの相続対策は、次のようなステップで、少しずつ進めていくとよいでしょう。すべて自分ひとりで抱え込む必要はなく、早い段階で専門家の窓口を頼るのも一つの方法です。
- 専門家に相談する:弁護士、司法書士、行政書士など、相続に詳しい専門家にまず一度相談してみる。自治体やNPO法人の無料相談窓口を入り口にするのも良いでしょう
- 自分の法定相続人が誰になるかを確認する:配偶者や子どもの有無、両親の存命、兄弟姉妹や甥・姪の状況などを整理し、誰が相続人になるのかを把握しておく
- 自分の財産を把握する:預貯金、不動産、有価証券、保険など、財産の全体像をリストアップする
- 遺言書を作成する:できれば公正証書遺言で、財産を誰に渡すか明確にしておく
- 任意後見制度や死後事務委任契約を検討する:判断能力低下時や死後の手続きを任せる相手を決めておく
おわりに
「自分には財産なんて大したものはないから関係ない」と思う方も多いかもしれません。しかし、相続対策は財産の多寡にかかわらず、自分の意思を残し、周囲に迷惑をかけないために重要な準備です。特におひとりさまの場合、自分の代わりに手続きを進めてくれる家族がいないからこそ、生前の備えが何より大切になります。
「まだ先の話」と後回しにせず、元気なうちから少しずつ準備を進めておくことが、自分らしい人生の締めくくりにつながります。遺言だけで足りるのか、任意後見や死後事務委任まで必要なのかは、財産状況や頼れる人の有無によって変わります。まずは自分の状況を整理したうえで、専門家に相談してみるとよいでしょう。