「どちらも“こうけん”でしょ?」と、この2つを同じようなものだと思っている方は少なくありません。相談の場でも、最初はほとんどの方が混同されています。
しかし実際には、「誰が支援者を決めるのか」「いつから始まるのか」という根本の部分が違います。この違いを知らないまま話を進めると、あとから「思っていたのと違った」ということになりかねません。
今回は、この2つの制度の違いを、順を追って整理していきます。
最大の違いは「本人がまだ元気なうちに決めるか、衰えてから決めるか」
まず、一番大事なところからお伝えします。
任意後見と成年後見(法定後見)の違いは、本人の判断能力がしっかりしているうちに自分で準備しておく制度か、判断能力が低下したあとに家庭裁判所が支援者を選ぶ制度か、という点にあります。
- 任意後見:判断能力がまだしっかりしているうちに、将来に備えて自分で準備しておく制度
- 成年後見(法定後見):判断能力がすでに低下したあとに、家庭裁判所が支援者を選任する制度
この「いつ」の違いから、選べる人、決められる内容、手続きの重さなど、いくつもの違いが生まれてきます。順番に見ていきます。
そもそも「成年後見制度」とは
前提として、この制度がなぜ必要なのかを簡単に確認しておきます。
認知症や知的障害、精神障害などによって判断能力が低下すると、次のようなことが難しくなります。
- 預貯金の管理や不動産の売買などの財産管理
- 介護サービスや施設入所の契約
- 遺産分割協議への参加
- 悪質な訪問販売や詐欺への対応
こうした場面で、判断能力が不十分な人を法律的に保護し、支援するための仕組みが「成年後見制度」です。この制度の中に、「法定後見(後見・保佐・補助)」と「任意後見」という2つのルートがあります。
なお、「成年後見」という言葉は、制度全体を指す場合と、法定後見の中の一類型(後述の「後見」)を指す場合の両方で使われるため、混乱の原因になりがちです。この記事では区別のため、判断能力低下後に家庭裁判所が関与する制度を「成年後見(法定後見)」と表記します。

違い①:始められるタイミング
任意後見は、判断能力があるうちにしか契約できない
任意後見契約を結べるのは、本人に契約を締結できるだけの判断能力がある間だけです。「将来、認知症になったときに困らないよう、今のうちに準備しておく」という制度なので、判断能力が低下してからでは有効な契約を結ぶこと自体ができません。
また、契約を結んだ時点ですぐに効力が発生するわけではありません。本人の判断能力が実際に低下し、家庭裁判所が「任意後見監督人」を選任した時点で、はじめて契約の効力が発生します。契約はしてあるが発動はしていない、という期間があるのが特徴です。
成年後見(法定後見)は、判断能力が低下したあとにしか始められない
法定後見は、本人の判断能力がすでに不十分になった段階で、家族などの申立てにより家庭裁判所が手続きを開始します。本人が元気なうちに「将来のために」と準備しておくことはできません。あくまで、現に支援が必要な状態に対応する制度だからです。
つまり、任意後見を検討できる期間は限られています。「まだ早いのでは」と感じているタイミングこそが、実際には検討に適した時期だといえます。
違い②:誰が支援者を選ぶか
任意後見は、本人が自分で選ぶ
任意後見では、将来自分を支えてくれる「任意後見人」を、本人自身が選びます。子ども、甥や姪、長年の友人、あるいは弁護士や司法書士、行政書士などの専門家に依頼することも可能です。
支援の内容についても、契約の中である程度自由に決められます。「不動産の管理はお願いしたいが、日々の買い物には口を出してほしくない」といった希望を反映しやすいのが特徴です。
成年後見(法定後見)は、家庭裁判所が選ぶ
法定後見では、申立ての際に候補者を挙げることはできますが、最終的に誰を選任するかを決めるのは家庭裁判所です。
家族関係が複雑な場合や財産額が大きい場合、親族間で意見が分かれている場合などは、家族ではなく弁護士や司法書士などの専門職が選ばれることも少なくありません。近年は専門職が選任されるケースが親族を上回る年もあり、「家族に頼みたかったが、専門家が選ばれた」というケースも実際にあります。
この「誰が決めるか」という点は、2つの制度の間で最も本質的な違いだといえます。
違い③:支援内容の決め方
任意後見は、契約の中で内容を決める
任意後見では、支援してほしい内容(代理権の範囲)を契約書の中で具体的に決めます。たとえば次のような項目を、必要に応じて選んで盛り込むことができます。
- 預貯金の管理、年金の受け取り
- 不動産の管理・売却
- 介護サービスの契約手続き
- 入院や施設入所の手続き
- 定期的な収支の確認
本人の生活状況や希望に合わせて、支援の範囲をある程度自由に設計できます。
成年後見(法定後見)は、判断能力の程度に応じて法律で決まる
法定後見は、本人の判断能力の程度に応じて、次の3つの類型に分かれます。
| 類型 | 対象となる判断能力の状態 | 支援者の権限 |
|---|---|---|
| 後見 | 判断能力がほとんどない状態 | 財産に関するほぼすべての法律行為を代理・取消できる |
| 保佐 | 判断能力が著しく不十分な状態 | 重要な法律行為について同意権・取消権を持つ |
| 補助 | 判断能力が不十分な状態 | 家庭裁判所が定めた特定の行為について同意権・取消権を持つ |
支援の範囲や権限はあらかじめ法律や審判で定型的に決まっており、任意後見のように細かくカスタマイズすることはできません。その代わり、特に「後見」類型では強い代理権・取消権が認められ、本人保護の実効性は高くなります。
自由度を優先するか、保護の強さを優先するか、という違いがここにあります。任意後見は自由度が高い一方、契約時に想定していなかった事態には対応しきれないことがあります。法定後見、特に「後見」類型は、本人が結んでしまった不利な契約をあとから取り消せるなど、保護機能がより強くなっています。
違い④:監督人の有無
任意後見には、必ず監督人がつく
任意後見は、本人が自分で選んだ人に大きな権限を託す制度です。そのため、権限が適切に使われるよう、家庭裁判所が選任する「任意後見監督人」による監督が必ずセットになっています。
任意後見監督人は、任意後見人の事務が適切に行われているかを定期的にチェックし、家庭裁判所に報告します。多くの場合、弁護士や司法書士などの専門職が選ばれます。
成年後見(法定後見)は、監督人がつくとは限らない
法定後見の場合、家庭裁判所が必要と判断したときに限り「成年後見監督人」等が選任されますが、すべてのケースで必ずつくわけではありません。家庭裁判所自体が後見人の事務を監督する立場にあるため、監督人が置かれないケースも多くあります(財産額が大きい場合などは、監督人の選任や後見制度支援信託の利用が求められることもあります)。
本人が信頼する人を自由に選べる分、任意後見には監督人によるチェック機能が必ず組み込まれている、という整理になります。
違い⑤:始めるための手続き
任意後見の準備
- 本人が「任意後見受任者」(将来支援してくれる人)を決める
- 公証役場で「任意後見契約公正証書」を作成する(公正証書での契約が法律上必須)
- 判断能力が低下してきたら、家庭裁判所に「任意後見監督人」の選任を申し立てる
- 監督人が選任されて、契約の効力が発生する
公正証書の作成時には、公証役場の手数料(数万円程度)がかかります。準備段階と発動段階の二段構えになっている点が特徴です。
成年後見(法定後見)の手続き
- 家族などが家庭裁判所に申立てを行う
- 医師の診断書、場合によっては鑑定(判断能力を医学的に判定する手続き)を経る
- 家庭裁判所が審理のうえ、後見人等を選任する
法定後見は現に困っている状況からスタートするため、任意後見のような長期的な事前準備は不要です。ただし、申立て時に鑑定費用がかかる場合があるなど、別の負担が発生することもあります。
結局どちらを考えればいいか
任意後見が向いているケース
- 判断能力に問題はないが、将来の認知症などに備えておきたい
- 支援してくれる人を、家族や信頼できる知人の中から自分で指名したい
- どこまで支援してもらうか、自分の希望に沿って決めておきたい
- 家庭裁判所が選ぶ専門家ではなく、自分で選んだ人に任せたい
法定後見(成年後見・保佐・補助)を検討すべきケース
- すでに本人の判断能力が低下しており、現に支援が必要
- 任意後見契約を結ばないまま、判断能力が低下してしまった
- 本人が結んでしまった不利な契約を取り消すなど、強い保護機能が必要
なお、任意後見契約を結んでいても、本人が亡くなるまで判断能力が低下しなければ、契約は発動しないまま終わります。使わずに済んだということは、それだけ元気に過ごせたということでもあります。任意後見は「使うための制度」というより、「万が一に備える保険のような制度」と考えるとイメージしやすいでしょう。使わずに済むならそれに越したことはありませんが、「誰にどう支えてもらうか」を自分の意思で決めておけること自体に意味があります。
まとめ
任意後見と成年後見(法定後見)は、「誰が」「いつ」「どのように」支援内容を決めるかという点で、根本的に異なる制度です。
任意後見は、判断能力が低下してからでは選択できません。まだ判断能力に問題がない今の段階でしか、検討する機会がないという点は押さえておく必要があります。
ご自身やご家族の将来について、誰にどこまで支えてもらいたいかを考える際の参考にしていただければと思います。当事務所では、任意後見契約の作成から、実際に判断能力が低下した際の手続きまでサポートしております。ご不明な点があれば、お気軽にご相談ください。