親が任意後見契約を結び、任意後見監督人が選任されると、子どもなど任意後見人になった家族は、契約で定めた代理権の範囲で本人に代わって手続を行えるようになります。ここで押さえておきたいのは、「家族だからできる」のではなく、「任意後見人として、契約で定められた代理権があるからできる」という点です。以下では、実際によく相談される場面ごとに、任意後見人としてできること・できないことを整理します。
預金・年金・税金の手続き
親の預金を子どもが引き出せるかについては、代理権目録に「預貯金の管理」が含まれていれば引き出せます。定期預金の解約も同様です。生活費や医療費、施設利用料の支払いなど、日々の資金管理を任意後見人が担うことになります。銀行の窓口では、任意後見監督人選任後の登記事項証明書や、契約書の代理権目録の写しなどの提示を求められるのが一般的です。
年金については、年金受取口座の管理や、年金事務所への各種届出・手続などを代理権に含めておけば対応できます。税金についても、確定申告や納税の手続を代理権目録に記載しておくことで、任意後見人が本人に代わって行うことができます。
自宅や不動産の売却
親の自宅を子どもが売却できるかについては、代理権目録に不動産の処分に関する事務が含まれていれば可能です。施設入所に伴って自宅を売却し、その資金を施設費用や生活費に充てるといった対応も、代理権があれば任意後見人が進められます。逆に、この事務が代理権目録に含まれていなければ、任意後見人であっても売却の手続を進めることはできません。自宅は本人にとって思い入れのある財産であることが多く、契約段階で「売却も含めて任せるかどうか」を家族間で話し合っておくことが特に重要な項目です。
介護サービス・老人ホーム・入院の手続き
老人ホームへの入所契約や、介護サービスの契約・変更についても、代理権目録に記載があれば任意後見人が行えます。契約内容の見直しや、施設利用料・介護サービス費用の支払いも含まれます。デイサービスから施設入所へ切り替えるといった、状況の変化に応じた契約の見直しも同様です。
入院手続や医療費の支払いも同様に、代理権に含めておくことで任意後見人が対応できます。ただし、これらはあくまで契約や支払いに関する事務であり、後述する治療内容そのものへの同意とは別の問題です。
相続・遺産分割と遺言
親に代わって相続や遺産分割の手続を進められるかについては、代理権目録に相続に関する事務が含まれていれば、任意後見人が本人を代理して遺産分割協議を行うことができます。たとえば、本人の配偶者が亡くなり本人が相続人になった場合、代理権があれば任意後見人が本人に代わって遺産分割協議を進められます。
ただし、本人と任意後見人がともに相続人になる場合は利益相反にあたるため、任意後見人が本人を代理することはできません。よくあるのは、親が亡くなり、その配偶者である本人と、任意後見人である子どもがともに相続人になるケースです。この場合は、その遺産分割協議について任意後見監督人が本人を代理することになります。
一方、遺言の作成は本人自身の意思決定が必要な一身専属的な行為であり、任意後見人が本人に代わって行うことはできません。判断能力が低下した後に本人名義の遺言を作成することは、そもそも想定されていません。

本人が結んだ契約の取消しはできない
親が判断能力を失った後に、本人が自分で高額な契約を結んでしまった場合、任意後見人であればその契約を取り消せるのでしょうか。法定後見の場合、成年後見人には本人が結んだ不利な契約を取り消す権限(取消権)が認められています。これに対し、任意後見人にはこの取消権が認められていません。任意後見は、本人の意思をできる限り尊重する制度として設計されており、後から本人の行為を覆す権限までは付与されていないためです。
このため、判断能力の低下がすでに進んでいて、本人が不要な契約を結んでしまうおそれがある場合には、任意後見だけでなく法定後見の利用や、日頃からの見守り体制についても検討する必要があります。
医療行為への同意
手術や延命治療について任意後見人が同意できるかという点は、法律上、任意後見人に医療行為への同意権は認められていません。この点は、代理権目録にどのように記載しても付与できない事項です。ここで注意したいのは、任意後見人に同意権がないことと、家族であれば当然に同意権を持つことは別の問題だという点です。医療行為への同意について、誰が、どのような場合に判断できるかを一律に定めた法律はなく、各医療機関の運用に委ねられている部分が大きいとされています。
身元保証人・身元引受人
病院や施設から身元保証人を求められた場合、任意後見人であることを理由に当然にその役割を引き受けなければならないわけではありません。身元保証・身元引受は任意後見人の職務そのものではなく、緊急連絡先や金銭的な保証をどう扱うかは、任意後見契約とは別に家族間で検討しておく必要があります。施設によっては、身元保証を条件に入所を求める場合もあるため、契約前に施設側と相談しておくことも一つの方法です。
任意後見契約を結ぶときに決めておきたいこと
ここまで見てきたように、代理権目録に記載しておけば、預貯金、不動産、介護、施設、相続関連の手続まで、かなり広い範囲の事務を任意後見人が担うことができます。一方で、記載のない事務は行えず、医療同意や遺言のように、そもそも代理になじまない行為もあります。
必要な代理権の内容は、本人の健康状態や財産、不動産の有無、家族構成、将来想定される介護や施設入所の形によって変わります。一律に「この内容にしておけばよい」というものではなく、将来どのような場面が想定されるかを具体的に考え、契約の段階で家族と話し合っておくことが重要です。持ち家があるか、預貯金以外に有価証券などの資産があるか、相続人になる可能性がある親族関係かどうかといった点も、代理権を検討する際の手がかりになります。
まとめ
任意後見人になった家族ができることは、「家族だから」ではなく、契約で定めた代理権の範囲によって決まります。預貯金の管理や年金・税金の手続、不動産の売却、介護や施設入所の契約、相続に関する手続などは、代理権目録に記載しておけば任意後見人が対応できます。一方で、医療行為への同意や遺言の作成、本人と利益が相反する場面での代理、本人が自分で結んだ契約の取消しは、任意後見人であっても行えません。契約を結ぶ段階で、将来家族に何を任せておきたいかを具体的に考えておくこと。それが、実際に必要になったときに、任意後見人が適切に対応できるようにしておくことにつながります。