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家族信託って、実はけっこう古い話だった件

家族信託って、実はけっこう古い話だった件

「家族信託」と聞くと、いかにも最近できた新しい制度というイメージがありませんか? 実は私も最初はそう思っていました。でも調べてみると、信託という仕組みそのものは驚くほど歴史が古く、しかも由来がちょっと意外なところにあるんです。今日は肩の力を抜いて、家族信託のルーツをたどる雑学まじりの小話をお届けします。


そもそも「信託」って十字軍から始まった?

信託制度の起源は、中世イギリスにまでさかのぼると言われています。舞台は11〜13世紀ごろのヨーロッパ。当時、騎士たちは十字軍への遠征のために、長期間自分の領地を離れなければなりませんでした。

問題は「その間、自分の土地や財産を誰が管理するのか」ということ。しかも当時のイギリスには、女性や教会に財産を直接譲ることを制限する法律があったりして、そのまま名義を渡すわけにもいかない事情もありました。

さらにこの時代の相続には、もっと切実な事情もありました。当時の封建制度では、領主が亡くなったときに男子の跡継ぎがいなければ、その領地は王に没収されてしまうことがありました。また、たとえ男の子がいたとしても、その子がまだ幼いうちは、成人するまでの間は王が領地を「後見」という名目で管理し、その間に生まれる収益は王のものになってしまうという仕組みもあったのです。つまり、遠征で命を落とすかもしれない騎士にとっては、「自分に何かあったら、家族が路頭に迷うどころか、そもそも領地ごと取り上げられかねない」という切実なリスクがあったわけです。ユースという仕組みは、こうした事態を避けるための、いわば当時の人々による知恵の結晶でもありました。

そこで騎士たちは、信頼できる友人に「自分が留守の間、この土地を管理してくれ。ただし利益はちゃんと家族に渡してほしい」と頼むようになります。これが「ユース(use)」と呼ばれる仕組みで、後の「トラスト(trust=信託)」の原型になったとされています。つまり信託の始まりは、法律の抜け道と友情のあいだにあったようなものなんですね。ちょっとロマンがあります。

面白いのは、このユースという仕組みが広まりすぎたせいで、国王側は「土地の名義と実際の権利者が食い違って、税金や封建的な権利がうまく取れなくなる」と困ってしまったという裏話があることです。実際、16世紀のヘンリー8世の時代には「ユース法(Statute of Uses)」という法律が作られ、一度はこの仕組みを制限しようとする動きもありました。ところが、法律の抜け道を見つけるのは昔の人も得意だったようで、その後すぐに新しい形の信託が編み出され、結局トラストという仕組みそのものはしぶとく生き残っていきます。国と国民の知恵比べのような歴史があったのも、なんだか人間くさくて好きなエピソードです。


日本に信託がやってきたのは意外と最近

一方、日本で信託という概念が本格的に整備されたのは、ずっと後の話です。明治時代に欧米の制度を取り入れる中で信託の考え方が紹介され、大正時代の1922年(大正11年)に「信託法」と「信託業法」が制定されました。これが日本における信託制度の正式なスタートです。

当時の信託は、いまのような家族間の財産管理というより、信託会社が財産を預かって運用する「営業信託」が中心でした。大正から昭和初期にかけては、実にたくさんの信託会社が乱立し、中には経営基盤の怪しい会社も混じっていたそうです。そのため昭和恐慌のころには整理・統合が進み、財閥系の銀行と結びついた信託銀行へと再編されていきました。いま「三井住友信託銀行」や「三菱UFJ信託銀行」といった名前を目にすることがあると思いますが、あの「信託」の二文字には、こうした戦前からの紆余曲折の歴史が刻まれているわけです。

戦後になると信託銀行が誕生し、企業年金や不動産信託など、どちらかというと金融商品としての色合いが強い分野で発展していきます。高度経済成長期には、住宅ローンや年金信託を通じて信託銀行が私たちの生活を陰で支える存在になっていきました。とはいえ、この時代の信託はあくまで「専門業者が手数料を取って運用してくれるもの」というイメージが強く、長らく「信託=お金持ちや企業が使う専門的な仕組み」という印象が定着していたわけです。


「家族」のための信託が広まったのはごく最近のこと

では、いま私たちがよく耳にする「家族信託」はいつから生まれたのでしょうか。これは実はかなり新しく、大きな転機になったのは2007年(平成19年)の信託法改正です。この改正によって、営利目的の信託会社を使わなくても、家族や親族が受託者となって財産を管理できる仕組みが法律上はっきりと使いやすくなりました。

背景には、日本社会の高齢化があります。認知症になった後の財産管理をどうするか、成年後見制度だけでは柔軟に対応しきれない部分をどう補うか。こうした課題に対応する手段として、家族信託という言葉が実務の現場から広まっていきました。

実は「家族信託」という呼び方自体は法律上の正式名称ではなく、一般社団法人などが使い始めた通称なんです。中身は法律上「民事信託」と呼ばれるもの。信託銀行などが手数料を取って運用する「商事信託」に対して、営利を目的とせず、家族や親族が受託者となって身内のために財産を管理するものを「民事信託」と呼び、その中でもとくに家族間で行われるものを分かりやすく「家族信託」と呼んでいる、というのが実態に近いイメージです。この呼び名の話も、地味に雑学として面白いところだったりします。

ちなみに、成年後見制度と家族信託はよく比較されますが、生まれた背景がそもそも違います。成年後見制度は判断能力が低下した本人を法律的に保護することが主な目的で、家庭裁判所の関与のもとで慎重に財産を守る仕組みです。一方の家族信託は、判断能力がしっかりしているうちに「この財産は、こういう目的でこう使ってほしい」という本人の意思を、契約という形であらかじめ形にしておく仕組みです。守るための制度と、託すための制度。似ているようで、実は目指す方向が少し違うんですね。


中世の騎士と令和の家族、意外な共通点

こうして振り返ると、中世の騎士が「留守中、家族のために土地を守ってほしい」と頼んだ話と、令和の家族が「親が元気なうちに、老後の財産管理を子どもに託しておきたい」という話は、時代も文化もまったく違うのに、根っこの発想が驚くほど似ています。「自分がそばにいられなくなったときのために、信頼できる誰かに託しておく」という人間の知恵は、800年以上たっても本質的には変わっていないのかもしれません。

もちろん現代の家族信託は、税務や登記、契約書の設計など、専門的に詰めるべき部分がたくさんあります。ただ、その根っこには「大切な人のために、事前に備えておきたい」というとてもシンプルな願いがあるのだと思うと、少し親しみやすく感じられませんか。

今度、家族信託という言葉を聞いたときは、ぜひ頭の片隅で中世の騎士たちのことも思い出してみてください。制度の見え方が、ちょっとだけ変わるかもしれません。

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