「父が亡くなりました。財産といっても、田舎に古い一軒家が残っているくらいです。借金があるのかどうかもよく分かりません。ただ、もし知らないところで保証人になっていたらと思うと不安で、相続放棄を考えています。」
相続放棄を考えている方には、こうしたケースがあります。
父親は一人暮らし。
目ぼしい財産はなく、残っているのは古い実家くらいです。
長男は近くに住んでいて、週に1回くらい父親の様子を見に行っていました。
次男は遠方に住んでいて、父親に会うのも年に1回程度。
父親が亡くなり、兄弟で相続放棄をすることになったとします。
ここで出てくるのが、
「相続放棄したら、この家はどうなるの?」
という問題です。
相続放棄をすると、その人は法律上、初めから相続人ではなかったものとみなされます。
そのため、父親の家を相続することはありません。
しかし、だからといって、家について必ず何もしなくてよくなるとは限りません。
その理由が、民法940条です。
民法940条(相続の放棄をした者による管理)
第940条
1 相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
2 第六百四十五条、第六百四十六条並びに第六百五十条第一項及び第二項の規定は、前項の場合について準用する。
この条文を読んで、まず分かりにくいのが「現に占有している」という部分です。
そもそも「占有」って何?
「占有」と聞くと、
「その家に住んでいること?」
と思うかもしれません。
しかし、必ずしもそうではありません。
ここでいう「占有」は、簡単にいえば、その家を事実上、管理・支配している状態です。
例えば、
- 父親から家の鍵を預かっている
- 父親が入院してから家の管理を任されている
- 郵便物を取りに行っている
- 戸締まりを確認している
- 空き家になった後も定期的に出入りしている
といった事情があれば、その人が家を事実上管理していると判断される可能性があります。
一方で、近くに住んでいるというだけで、当然にその家を占有していることになるわけではありません。
例えば、長男が父親の家に週1回顔を出していたとしても、父親が自分で家の鍵を管理し、家のことも自分でしていたのであれば、長男は単に父親の様子を見に行っていただけかもしれません。
反対に、父親が入院してから長男が鍵を預かり、郵便物を回収し、戸締まりや家の状態を確認していたのであれば、長男が家を事実上管理していたと判断される可能性があります。
つまり、問題になるのは、
「長男だから占有している」
「近くに住んでいるから占有している」
ということではありません。
相続放棄をした時点で、その人がその家を実際に管理・支配していたかどうかが重要になります。
そして、民法940条は、そのように相続放棄をした人が相続財産を現に占有していた場合について、次の相続人や相続財産清算人に引き渡すまで、その財産を保存するよう定めています。
これが、相続放棄をした後も家の問題が残る理由です。

相続放棄をしたら、家の管理は誰がする?
では、実際に誰が家を引き継ぐのでしょうか。
まず、相続放棄をした人がいるからといって、すぐに相続人が誰もいなくなるとは限りません。
例えば、子ども全員が相続放棄した場合、次の順位の相続人がいれば、その人が相続人になります。
父母などの直系尊属、さらにその人もいなければ兄弟姉妹へと相続人の範囲が移っていきます。
そのため、
「子ども全員が相続放棄した=すぐに相続財産清算人が必要」
というわけではありません。
次の順位の相続人が相続するのであれば、その人に相続財産を引き継ぐことになります。
問題になるのは、次の順位の相続人も相続放棄した場合です。
相続人全員が相続放棄したら、どうなる?
例えば、長男も次男も相続放棄。
さらに、父母や兄弟姉妹など、次の順位の相続人も全員が相続放棄したとします。
これで、相続する人が誰もいなくなりました。
では、実家はどうなるのでしょうか。
ここで、先ほどの長男のように、相続放棄をした時点で実家を現に占有していた人がいるとします。
この場合、長男は相続放棄をしたからといって、その瞬間から家について完全に無関係になるわけではありません。
民法940条によって、次の相続人または相続財産清算人に引き渡すまで、その家を保存する義務があるからです。
しかし、今回は次の相続人がいません。
そこで問題になるのが、
「では、長男はいつまで家を保存しなければならないのか?」
ということです。
その状態を解消するための方法の一つが、相続財産清算人の選任です。
相続財産清算人とは?
相続財産清算人は、相続人がいない場合などに、亡くなった方の財産や債務を整理する人です。
家庭裁判所に選任を申し立てることができます。
相続財産清算人が選任されれば、相続財産について、
- 預貯金などの財産を調査する
- 借金などの債務を確認する
- 債権者への対応をする
- 不動産を必要に応じて処分する
- 残った財産を清算する
といった手続を進めていきます。
そして、実家を現に占有していた相続放棄者にとって重要なのが、その家を相続財産清算人に引き渡せるようになることです。
つまり、
「相続放棄をしたのに、自分がずっとこの家を抱え続けるのか」
という問題について、相続財産清算人に引き渡すことで、保存義務を終わらせる道筋をつけることができます。
もちろん、相続財産清算人の選任は自動的に行われるものではありません。
誰が申し立てるのか、申し立てる必要があるのか、費用をどうするのかなど、個別に検討する必要があります。
相続財産清算人を選任すれば、家はすぐ売れる?
ここも誤解されやすいところです。
相続財産清算人が選任されたからといって、古い実家がすぐに売却されるわけではありません。
例えば、田舎の古い一軒家で、
「そもそも買いたい人がいるのか」
「土地や建物にどれくらいの価値があるのか」
「建物を解体した方がいいのか」
など、検討が必要になることもあります。
また、相続財産清算人の報酬などを相続財産から支払えない場合には、申立人が予納金を納める必要が生じることもあります。
そのため、
「相続放棄したら、あとは家庭裁判所に任せれば全部終わる」
というものでもありません。
家の価値や状態、預貯金などの他の財産、借金の有無などを確認したうえで、相続財産清算人を選任する必要があるのかを考えることになります。
相続放棄したら、家の中の家具や家電はどうする?
家そのものだけでなく、
「家の中にある家具や家電はどうすればいいの?」
という問題もあります。
相続放棄をしたのであれば、亡くなった方の財産を自分のものとして扱うことはできません。
特に、
- 現金
- 預貯金
- 貴金属
- 自動車
- 高価な家具や家電
など、財産的な価値があるものについては、勝手に売却したり、自分のために使ったりするのは避けた方が安全です。
相続財産を処分したことによって、法定単純承認の問題が生じる可能性があるためです。
一方、古い衣類や日用品など、経済的な価値がほとんどないものまで、すべて同じように扱われるわけではありません。
「これは処分していいのか?」
と迷うものがあれば、自己判断で処分する前に確認した方がよいでしょう。
相続放棄は「借金を放棄して終わり」ではない
相続放棄を考えるとき、多くの方が気にするのは、
「借金を引き継がなくて済むか」
ということです。
もちろん、それは相続放棄を検討する大きな理由です。
ただ、今回のように、
目ぼしい財産は古い実家くらい。
借金があるのかどうかも分からない。
だから相続放棄をしたい。
というケースでは、放棄した後の実家についても考えておかなければなりません。
特に、相続放棄をする人の中に、実家を実際に管理している人がいる場合です。
その人が相続放棄の時点で家を現に占有していれば、民法940条による保存義務が問題になります。
さらに、相続人全員が放棄すれば、次に家を引き渡す相続人がいなくなることもあります。
その場合には、相続財産清算人の選任を検討することになります。
つまり、
「相続放棄をすれば、すべて終わり」
とは限りません。
大切なのは、相続放棄そのものだけではなく、放棄した後に残る財産をどうするのかまで考えることです。
相続放棄後の実家についてもご相談ください
「相続放棄はしたい。でも、残った実家をどうすればいいのか分からない。」
この問題は、相続放棄の手続だけを見ていても解決しません。
誰が実家を管理していたのか。
他に相続人がいるのか。
相続人全員が放棄するのか。
家の中にどのような財産が残っているのか。
そして、相続財産清算人を選任する必要があるのか。
こうした事情を一つずつ整理して、その後の対応を決めることになります。
当事務所では、相続放棄のご相談だけでなく、相続放棄後に残された実家などの相続財産についても、その後の対応を含めてご相談いただけます。
相続人全員が相続放棄する予定で、実家の扱いに困っている場合には、相続財産清算人の選任申立てなど、必要となる手続についてもご案内します。
「相続放棄したら、この家はどうすればいい?」
そうお悩みでしたら、相続放棄だけでなく、その後の家の扱いまで含めてご相談ください。