前回の「配偶者居住権とは何か」では、配偶者居住権がどのような制度か、基本的な仕組みをご紹介しました。「家を所有しなくても住み続けられる」という考え方自体はシンプルですが、ご自身のご家族に当てはめてみると、「うちの場合は設定したほうがいいのか」「あとから困ることはないのか」と、次々に疑問が出てくるのではないでしょうか。
今回は、配偶者居住権を実際に使う場面で問題になりやすいポイントを、できるだけ具体的にお話しします。
設定したほうがよいケース
典型的なのは、財産のほとんどが自宅で、預貯金があまり残っていないご家庭です。先ほどの例のように、自宅2,000万円・預貯金2,000万円というような構成で、配偶者が住まいと生活資金の両方を確保したい場合には、配偶者居住権が有効に働きます。
また、配偶者と子どもの関係があまり良好とは言えず、遺産分割協議が難航しそうなご家庭でも、配偶者居住権は選択肢になります。所有権は子どもに、居住権は配偶者にと役割を分けることで、「誰が家を持つか」で揉めることなく、配偶者の住まいだけは確実に守れるからです。
慎重に考えたほうがよいケース
一方で、配偶者居住権が向いていない場合もあります。
たとえば、配偶者がすでに高齢で、将来的に自宅を売却して老人ホームなどの入居費用に充てる可能性が高い場合です。後ほど詳しくお話ししますが、配偶者居住権が付いた家は実質的に売却が困難になるため、この選択は「住まいは確保できたが、まとまった現金が必要なときに動かせない」という状況を招きかねません。
また、配偶者と子ども(建物の所有者)の関係が良好で、将来的にトラブルになる心配がなければ、無理に配偶者居住権を使わず、これまで通り配偶者が自宅の所有権を相続する、あるいは自宅を売却して住み替えるという選択のほうが、かえって自由度が高くなることもあります。制度がある=使うべき、ではない、という点は押さえておきたいところです。

老人ホームなどに入居した場合はどうなるか
配偶者居住権を設定したあと、体調の変化などで老人ホームや介護施設に入居することになった場合、この権利は自動的には消滅しません。配偶者が自宅に戻らなくなったとしても、権利はそのまま存続します。
ただし、施設の入居費用を用意するために自宅を売りたいと思っても、配偶者居住権が付いたままでは所有者(子どもなど)は自由に売却できません。この場合、配偶者が自ら居住権を放棄し、その対価を所有者から受け取る、という形で解決を図ることになります。「住む予定がなくなったのだから、権利を手放して現金化する」という発想です。ただし、この放棄や合意による解除には税金の問題が絡むため、次の項目で詳しく説明します。
配偶者居住権付きの家を売却したい場合
配偶者居住権が付いた不動産は、法律上は所有者が第三者に売却すること自体は可能です。しかし現実には、買主は居住権が消滅するまでその家を自由に使えず、消滅時期(配偶者の死亡時)も読めないため、通常の不動産市場で買い手が見つかることはほとんど期待できません。
そのため、配偶者居住権付きの家を売却するには、あらかじめ配偶者と所有者の間で居住権を消滅させる(合意解除・放棄)必要があります。ここで注意したいのが税金です。配偶者が対価を受け取らずに権利を放棄したり、所有者との合意で解除したりすると、その権利の価値に相当する利益が配偶者から所有者へ贈与されたとみなされ、所有者に贈与税が課税されます。逆に、所有者が居住権の評価額に見合った対価を配偶者に支払えば、贈与税は課税されません(この場合、配偶者側には譲渡所得として税金がかかることがあります)。
つまり、権利を手放してもらう以上、それに見合った金銭のやり取りをきちんと行うことが、税務上のトラブルを避けるポイントになります。
二次相続との関係
配偶者居住権が語られるとき、「二次相続対策になる」とよく言われますが、なぜ有利になりうるのか、具体例で確認しておきましょう。
たとえば、父が亡くなり(一次相続)、自宅(評価額2,000万円)を母が配偶者居住権、子どもが所有権という形で分けたとします。この時点で、子どもが取得する所有権の評価額は、居住権相当分が差し引かれるため、たとえば800万円程度に圧縮されます。
その後、母が亡くなると(二次相続)、配偶者居住権は法律上当然に消滅します。この消滅によって子どもの所有権は自動的に完全なものに戻りますが、この時、消滅した居住権について改めて相続税が課税されることはありません。つまり、一次相続の時点で圧縮された評価額のまま、実質的に「タダで」子どもの権利が完全になるわけです。
もし配偶者居住権を使わず、母が自宅の所有権をそのまま相続していた場合は、二次相続の際に自宅の評価額(値上がりしていればその分も含めて)にまるごと相続税がかかります。この差が、配偶者居住権が二次相続対策として語られる理由です。ただし、母の財産状況や自宅の評価額の変動によって効果の大きさは変わるため、「必ず得をする」というものではなく、個別の試算が欠かせません。
親が元気なうちに検討しておく意味
配偶者居住権は、亡くなった方の遺言によっても設定できます。つまり、まだ元気なうちに「自分が亡くなったら、自宅は子どもに、居住権は配偶者に」という内容の遺言を残しておくことができるのです。
相続が発生してから配偶者と子どもの間で話し合うよりも、本人の意思として遺言に残しておくほうが、後々の争いを防ぎやすくなります。特に、配偶者と子どもの関係に少しでも不安がある場合や、再婚により配偶者と子どもが血縁関係にない場合などは、元気なうちに専門家を交えて検討しておく価値が大きいといえるでしょう。
設定・登記にかかる費用
最後に、実際にいくらかかるのか、費用面を確認しておきます。
配偶者居住権の設定登記には、登録免許税がかかります。税率は建物の固定資産税評価額の0.2%です。たとえば固定資産税評価額1,000万円の建物であれば、1,000万円×0.2%=2万円が登録免許税となります(計算結果が1,000円未満の場合は1,000円)。
手続きを司法書士に依頼する場合は、別途報酬が発生します。相場としては建物1件あたり5万〜10万円程度が目安で、事務所によって差があります。これに登録免許税や必要書類の取得費用(固定資産評価証明書など、数百円程度)を加えた金額が、登記にかかるおおよそのトータルコストになります。
なお、配偶者居住権の設定自体は遺産分割協議や遺言によって行われるものであり、登記とは別に「設定費用」がかかるわけではありません。費用の中心は、あくまで登記手続きにかかる登録免許税と専門家報酬と考えておけばよいでしょう。
おわりに
配偶者居住権は、うまく使えば配偶者の住まいと生活資金を両方守れる、心強い制度です。しかし、将来の売却のしにくさや、放棄・解除にまつわる税金の問題など、設定した後になって初めて直面する課題もあります。
「うちの場合、設定したほうがいいのか」を判断するには、ご家族の財産状況や今後のライフプラン、二次相続まで見据えたシミュレーションが欠かせません。ご自身での判断が難しいと感じられたら、早めに専門家へご相談いただくことをおすすめします。